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大阪高等裁判所 昭和60年(ラ)57号 決定

抗告人・被申立人 谷川寛治

訴訟代理人 野沢涓

相手方・申立人 柴田富士雄

訴訟代理人 谷池洋

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一  本件抗告の趣旨と理由は、別紙担保取消決定に対する即時抗告申立書記載のとおりであり、これに対する相手方の答弁は別紙準備書面記載のとおりである。

二  よつて判断するのに、まず抗告人は、相手方の申立により本件担保取消を許し相手方に前記定期預金の払戻を受けさせることは、抗告人の不当利得返還請求が認容されたときの現状回復を困難にするものである旨主張するが、例えそのような事態が生じるとしても、それだけでは直ちに本件担保取消決定を違法ならしめるものではないことは明らかである。

三  また抗告人は、相手方は「担保を供したる者」の範囲には属しないと解せられるべきである旨主張するので判断するのに、本件記録および当庁昭和五九年(ネ)第二四〇八号(原審大阪地方裁判所昭和五八年(ワ)第八四四八号)事件記録によると、次の各事実が認められる。

相手方は、抗告人を債務者として、大阪地方裁判所に対し、大阪法務局所属公証人深谷真也作成昭和五七年第三二五六号金銭消費貸借契約公正証書の執行力ある正本に基づき別紙目録記載の不動産(以下本件不動産という)につき強制競売を申立てたので、同庁昭和五七年(ヌ)第二八八号不動産強制競売事件として同裁判所に係属したところ、同裁判所は、昭和五七年一一月一八日右事件につき強制競売開始決定をした。抗告人は、右債務名義について請求異議訴訟を提起し、大阪地方裁判所昭和五八年(ワ)第八四四八号事件として係属したが、抗告人は、これと合せて本件不動産に対する前示債務名義に基づく強制執行の停止決定(いわゆる物件停止)の申立をしたので、同庁昭和五八年(モ)第一一七七二号事件として係属したところ、同裁判所は、抗告人が株式会社大阪銀行堂島支店との間において一八〇万円を限度として支払保証委託契約を締結する方法によつて担保を立てることを条件として、抗告人の前示申立どおりの強制執行停止決定(以下本件停止決定という)をした。そこで抗告人は、前示銀行支店との間で一八〇万円の定期預金預入契約を締結し、昭和五八年一二月三日、右定期預金債権を求償債務の担保として提供して、前示支払保証委託契約(以下本件保証委託契約という)を締結した。ところで相手方は、前示公正証書の執行力ある正本に基づき、昭和五九年一一月二六日前示定期預金一八〇万円および普通預金二万七六一〇円につき債権差押命令を得たうえ、同年一二月二四日前示定期預金および普通預金につき転付命令を得たところ、右命令が確定した。そこで相手方は、大阪地方裁判所昭和六〇年(モ)第三三五号事件をもつて、同庁昭和五八年(モ)第一一七七二号事件の強制執行停止にかかる本件保証委託契約の担保の取消を申立てたところ、大阪地方裁判所は、抗告人が本件保証委託契約の担保として前示銀行支店に差入れた定期預金債権に対する債権転付命令確定により担保の事由が止んだとの事由により、本件担保取消決定をしたものである。

四  以上の事実関係に基づいて検討するのに、本件転付命令確定前においては、本件担保を供した者が抗告人であることはいうまでもないけれども、右確定の後においては、相手方が担保を供した者に当ると解するのを相当とする。けだし、通常の供託の方法による担保提供の場合においても、担保権利者が担保供与者の供託物取戻請求権を差押えて転付命令を得たときには、担保権利者は自ら担保取消の申立ができると解されるところ、通常の担保提供の方法による場合に、担保の実質を有するのは供託物でありその取戻請求権であるのと同様に、本件において担保の実質を有するのは、支払保証であるとともに前示定期預金債権でもあるのであるから、前示定期預金債権が相手方に移転するとともに担保の取消申立権も相手方に移転すると解するのが、債務名義を有する債権者の権利確保上相当であるからである。

五  よつて本件抗告は理由がないから棄却することとし、抗告費用は抗告人の負担として、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 首藤武兵 裁判官 野田殷稔 裁判官 井筒宏成)

別紙

目録

大阪市東淀川区淡路一丁目三四番地の一

一 木造陸屋根二階建居宅

家屋番号 三四番一の一

一階 四五・〇二平方メートル

二階 三七・五一平方メートル

担保取消決定に対する即時抗告申立書

抗告の趣旨

原決定は取消す。

本件担保取消の申立は却下する。

抗告費用は相手方の負担とする。

抗告の理由

一、相手方は、大阪地方裁判所に対し抗告人を債務者として、大阪法務局所属公証人深谷真也作成昭和五七年第三二五六号金銭消費貸借契約公正証書の執行力ある正本にもとづき別紙記載不動産につき強制執行を申立て、昭和五七年一一月一八日付強制競売開始決定がなされた。抗告人は右強制執行に対し請求異議訴訟を提起し、一審大阪地方裁判所昭和五八年(ワ)第八四四八号事件判決(昭和五九年一一月一九日言渡)は抗告人の敗訴となつたが、控訴し、貴裁判所昭和五九年(ネ)第二四〇八号事件として現在控訴審が係属している。

二、相手方は、昭和五八年一二月三日前記記載の強制執行事件について支払保証の担保として株式会社大阪銀行堂島支店に設定した定期預金一八〇万円および普通預金二万七六一〇円につき前記公正証書の執行力ある正本にもとづき昭和五九年一二月二四日転付命令をえ、担保取消決定を得た。

三、しかし、抗告人が請求異議訴訟において主張するように前記公正証書は抗告人の意思によらず作成されたものであり、無効である。したがつて、転付命令も執行債権を欠く。

四、抗告人は現在、転付命令による債権移転に対し執行債権の不存在を理由とする不当利得返還請求訴訟を準備中である。

五、この場合においては(一)、担保取消を許し相手方に前記定期預金の払戻を受けさせることは、不当利得返還請求が認容されたときの原状回復が困難になる。(二)、相手方は「担保を供したる者」の範囲には属しないと解せられるべきであり、いずれにしても本件担保取消は不当利得返還請求訴訟の判決が確定するまで差控えられるべきであると考える。

六、以上のとおりであるので抗告の趣旨記載の裁判を求める。

付属書類〈省略〉

別紙

不動産の表示

大阪市東淀川区淡路壱丁目参四番地の壱

一、木造陸屋根弐階建居宅

家屋番号 参四番壱の壱

一階 四五・〇弐平方メートル

二階 参七・五壱平方メートル

昭和六〇年(ラ)第五七号

準備書面

抗告人 谷川寛治

相手方 柴田富士雄

右当事者間の頭書事件につき、相手方は左記のとおり主張を提出する。

昭和六〇年三月二〇日

右相手方訴訟代理人

弁護士 谷池洋

大阪高等裁判所

第八民事部 御中

一、抗告人の即時抗告申立書・抗告の理由・五項(一)の主張は全く理由がない。

一、同(二)の主張について

1、相手方が転付命令により取得した、抗告人の株式会社大阪銀行に対する預金債権は、本件担保提供方法たる支払保証委託契約の担保として差し入れられたものである。

従つて本件担保取消がなされないと、相手方は右銀行より預金債権の支払いを受けることができない。

そこで相手方は転付命令により取得した預金債権を保全するため、抗告人に代位して本件担保取消決定に及んだものであり、抗告人の主張は理由がない。

2、なお付言するならば、本件担保は相手方に生じることあるべき損害を担保するためになされたものであるところ、その相手方自身がした担保取消決定を認めたところで何等不都合はない。

担保提供が供託所に対する供託という方法によりなされた場合、担保取戻請求権を差押さえて転付命令を得た担保提供者の債権者が、担保提供者の特定承継人として担保取消申立人となりうることは確定した取扱いである。本件担保取消申立も右取扱いに準じて認められるべきであり、原決定もそのように解してなされたものである。担保提供の方法次第により別異の取扱いをするならば、担保提供者に不当な利益をもたらすものであり、到底認められない。

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